地方の現実

諸行無常とはまさにこの事

景気が好転していると言われて実感している一般市民はほとんどいないだろう、富裕層に取っては恩恵だらけかも知れないがそれ以外の人々にとって恩恵という恩恵を目立った形で受け取っている人は限りなく少ない。こうした動きに対して本当に経済が安定しているのかと、誰がそんなことを言っているのかと疑いすら持てなくなるような疑惑だけがざわめいている。都市部に住んでいる人、それは関東圏の都会に住んでいる人たちでも多くの人が思っていることだ。ただ東京などの地域はまだマシなのかもしれない、人も多く、立地的なことを考えても、また経済の循環地としても、それらが機能していることで地方よりかは現状は辛く厳しくても安定した生活を送れると、そう感じられる。

これでもし田舎から都会へと出てきた人が地元へ帰って仕事があるのか、についてはかなり際どいところ。そうした部分もあって人口歯止めに拍車が掛けられず、本来必要は若い労働人口が一極集中型に都市近郊へと流動してしまっているため、それらによってもたらされる影響は甚大だ。ただそれでも地方の人達にとっては都市部は『生きるための場所』であり、地方は『いつか帰りたいと願う場所』であるということに違いはないのかもしれない。

ふるさと納税はどこにするか

熊本の村で起きている現実

ある初老の男性が父と母の思い出が残る場所を守るために、家業を継ぐことになった。そこは熊本県球磨村で、この地域は全国でも住民の平均所得が最低だったことが公表された場所でもある。そんな場所では当然、まともな経済が営まれているはずもなく、寂れた街で生活していくことが出来ないため、田舎から都会へと仕事を求めて出て行くという人が多い典型的な場所でもある。男性はそんな球磨村で生活していた亡き父母の土地・思い出を守っていきたいとして二人が経営していた民宿を経営することになる。

しかし男性は既に独り立ちしており、居住区にしても現在は兵庫県で自営業を営んでいるため、民宿でセカンドライフを始めるといった事は出来なかった。生活していくためには自営業は決して辞められなかったため、男性は1月の内一週間に村へ訪れて民宿を営業するという副業を始めることになった。

経営していて人が来るかと言われたら、当然ながら既にまともな観光客訪れるような村ではなかったため、経営は熾烈なものだった。その民宿が建築されたばかりの当初はアユ釣りなどで親しまれていた、隠れ宿的な民宿として人気を博していたが、その影も時代とともに影を増していった。やがて男性の母親が一人で切り盛りしながら民宿をしていたが、その頃には既には赤字経営で顧客も常連客しか来ないという状態でかろうじて運営していたというのだから、カツカツだった。

こうした現実が地方では当たり前となっている。だからこそ財源が手に入れられるのであれば、少しでも悪どく感じられてもお金が得られるなら構わないと考える人が増えてきたといっても、しょうがなと一言で片付けられるわけではないが、納得せざるを得ない物でもある。

ふるさと納税はどこにするか

生き残るために

男性は元々両親残した民宿を継ぐつもりはなかったという、ただそれも村民たちから何とか引き継いでほしいという願いに答える形で経営を始めることになったが、今している仕事を全て辞める事もできないため、二足のわらじ生活を余儀なくされているのだから、辛いところだろう。それでも両親の思いが残る場所で何とかしてと件名に頑張っている姿がそこにはあったが現実は甘くはない。

事実、他の村民いわくゆくゆくはこの球磨村もいつか人がいなくなってしまうだろうと思っているという。アベノミクスだ、経済好転だ、ふるさと納税だなどと言っていられるような状況ではない、破滅の一歩手前まで追い込まれている地方自治体も存在している。ふるさと納税と言われるものはそもそもこうした村を中心としたところへ送られるべきものではないのか。