何を目的としているか

経済格差に悩まされ続ける地方自治体

ふるさと納税という特典を用いてまで、露骨すぎるがそれでも豪華な特典を用意することでなんとか1円でも多く寄附金を手に入れて、財政再建へと当てたいと考えている自治体が多くなっているのも、地方の由々しき現実があるからだ。もちろん全ての自治体ばかりではない、特に経済的に貧困とかしているところはむしろまともにふるさと納税をした寄附の謝礼でまとも品を出せるほどのちからがあるかもわからない状況だ。先に話した球磨村のような貧困という文字が全面的に出されている地域ではふるさと納税に対しての謝礼といったものは見られない。そもそもふるさと納税が払われても、微々たるものではまるで意味が無いと言われかねない。

それだけ圧迫化している財政の中で、特典を豪華にしてでも財源を獲得するために躍起になっているのだから、必死というより死に物狂いと言ったほうが正しいのかもしれない。寄附をすれば得であると言われても、こうして地方の状況がどんなことになっているのか、観光地としてそれなりに名を広げている場所も都市部と比べたら当然苦しい側面を持っているはず。都市部の自治体でさえ苦しさを見せているのに、地方ともなればその苦しさの桁は計り知れない。

ふるさと納税はどこにするか

安易な指標と見えて来ない対策

定番とかしているが、国や銀行などが調べたある調査において、日本経済は上昇の見込みであるという見方をしている。一体何をどうしたらそんな風に見れるのだろうと、目が腐っているのではないのかと言いたくなってしまう。個人消費にしても増加するというが、増加するどころがむしろ減るものはトコトン減っていってしまっている。今までの値段よりも明らかに高くなっている経済状況に財布の紐はますます硬くなる、それなのに成長するという見方をするのはやはり様々な原因が絡み合っているからが原因なのかもしれない。

特に一番大きな原因と言われているのが量的緩和によるものだ。今後日銀が行うことで益々下がると言われているのが

  • 実質賃金のさらなる低下
  • 格差拡大
  • 輸出の増減
  • 経常赤字になる

といった地方だけでなく日本全体に大きな負の連鎖が生まれるかもしれないと考えられている部分だ。こうした点を踏まえるともはや何をするにしても悠長に構えていられるほど余裕はないと思っても仕方がないだろう。地方は地方として生き残るためにも、どんな手を尽くしてもと思ったところで責められるものではない。資金となるものが獲得できず、財源となるはずの消費者が訪れなくなった地方が頼る手段はふるさと納税だけ、なんて図式がいつの間にか出来上がっていたのかもしれない。

ふるさと納税はどこにするか

未知数と不確定の将来

ではふるさと納税が今後活性化することで地方に希望は出て来るのかというと、そんなことはないだろう。むしろ先行きはより不透明になっていると見たほうが一番早い。確かに財源が獲得できればそれだけ予算として回せるかもしれないが、結局のところ寄附金だけに依存した形では本当の意味で貧困から解放されるまでに至ることはない。寄附金によって立て直しを図るにしても、それから寄附というお金に頼らず自立した経済活動が行えるくらいにならなければ本当の意味で、地方が活性化する日などありえない。

今のままでは未知数のまま、何処へ行くかも分からない船での先へ向かう不確定という未来が待っているのだから、恐怖しか感じられない。有り余る豪華な特典を用意して寄付金を募ると言っても、それらは寄付した人によって使い道が決められている。それを無視した使い方をする自治体が今後出て来る可能性も大いに有り得る。もしかしたら、ということもあるかも知れないがそれはそれで、まだ表立ってニュースとして取り上げられていないため触れないが、そういう事態も発症することも考慮に入れておかなければならない。

控除という言葉に目が眩んでふるさと納税を始めた人もいるかもしれないが、その納税によって多くの人の生死を左右していること、また自治体の存続すらも運命を担っているという事実を知ることで、ただ寄附するだけではダメだということに気づかなければならないのが、このふるさと納税の本質ではないだろうか。